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因果関係も解明されていないのに暴力ゲームを規制したらむしゃくしゃした人が激増してリアルな世界で暴力事件が増えたりしないか [時事寸評]

またいつもと同じパターンだが、 暴力ゲームやめろ系のコラムがあったので、 またいつもと同じリアクションの戯言を書いておきたい。 なお、元のネタは、 「秋葉原通り魔事件 ~ 人生はリセットできない / SAFETY JAPAN [松村 喜秀氏] / 日経BP社」である。

早速引用させていただく。

ゲームとこうした事件には関連性がないと主張する人たちもいるが、 本当に関係がないのかあるのか、 そろそろ日本でも本格的にゲームが精神におよぼす影響について調査・研究するべきではないか。

ビデオゲームが与える影響の研究は、 アメリカでは20年以上も前から行われているはずである。 それに、私の知るだけでも約1名、日本でもそれを十年以上前から研究している専門家がいる。 つまり、既にある程度の研究は進められているはずだ。

ところが、実際に暴力的なゲームが暴力行為を誘発するから禁止すべきだ、 というような研究結果は発表されていなかったと思う。 これは、少なくとも現時点でそのような結論が出せるに至ってないからだろう。

さらには、 科学的な裏づけもなく、 逆に多くの統計がそれを否定しているような理論を、 あたかも真理であるかのように主張しまくる人が後から後からいくらでも出てくるという状況から想像してみれば、 世の中には合理的説明よりもトンデモ系理論を支持する人が多いのかもしれない。

まあ余談はともかく、 2008年現在、ビデオゲームは日常生活に深く浸透しているから、 もちろん、それが人々の行動に影響することは想定すべきだ。 実際影響しているだろう。 あらゆる心理的な要因と同様、 ビデオゲームも人間の行動パターンに対して、2方向への影響を及ぼすはずだ。 即ち、それによって実生活で攻撃的な行動をするような影響と、 逆に、実生活での攻撃的な行動を抑止するような影響である。

前者は短絡的で非論理的な論者がさんざん書きまくっているからばっさりと省略させていただく。

後者はどういうものかというと、 例えばムシャクシャしたときに皿を割りまくったらスッキリするといった類の現象で、 心理学では代償的反応と呼ばれている。 ビデオゲームに当てはめるなら、 ゲームでモンスターを殺しまくった結果スッキリしたために、 実生活では落ち着くことができて無差別殺人を実行せずに済んだ、というような場合が考えられる。 無差別殺人という極端な場合に限らず、 常識的に実行不可能な抑制されていることの代償的対象としてゲームが使われることがあるのだ。

何もこれはゲーム特有の話ではない。 小説、映画、演劇など、 バイオレンスなものはいくらでもある。 特に暴力的な映画の社会に与える影響は、しばしば問題になった。 ただ、 それを真似した暴力事件が実際に起こると世間は強く批判するのだが、 それによって代償的な作用が働き、事件を起こさずに済んだ、 というようなケースの評価は殆どないはずだ。 起こったことへの評価に比べると、起こらなかったことへの評価は極めて困難だからである。

どちらの影響がどの程度の割合で発生するか、 直接調査するのは非常に難しい問題だ。 但し、間接的に想像するのは意外と簡単かもしれない。

日本では米国ほどシューティングゲームが盛んではないようだが、 相手が仮にモンスターといえども、小学生の時代から相手を殺すゲームを続けていたら、 人殺し感覚を学習してしまうと思う。

これがツリなのは承知の上であえて突っ込むのだが、 日本でシューティングゲームが盛んでないというのは誤認だろう。 私の知る限りは十分盛んだが、 とりあえずそれはおいといて、 モンスターを殺すというストーリーを持つゲームは、世の中に一体どの程度出回っているのか?

例えば有名なゲームがある。 ファイナルファンタジーと呼ばれている一連のゲームだ。 簡単に言えばまさにモンスターを倒してラスボスを倒す、というゲームであるが、 伏線がやたら多くて奥が深いので、非常に多くのファンを魅了している。 これがどの程度有名かというと、 Wikipedia によれば、 2007年11月の時点で、全世界で7500万本売れたという。

もちろん、 モンスターを無差別に倒す系のゲームはこれだけではない。 全て数えると一体どれだけなのか知る術もないのだが、 Final Fantasy だけで7500万本なのだから、 いくら何でも全世界で少なくとも数億本は出ているだろう。

日本だけで何本か分からないが、 FF だけでも 何百万本というオーダーは当然楽にクリアしているのである。 数千万本のモンスター殺戮系ゲームが出回ったと考えてよいだろう。

では、 仮にその種のゲームが人間の人格形成に影響し、 人殺し感覚を学習し、 安易にそれを実践して事件を起こしてしまうような効果を持つとしたら、 一体そのような事件は毎日どの程度起こるものだろうか? 仮に1万人に1人(0.01%)という高い確率で影響を受けるとしたら、 日本だけで今までに千件、いや、1万件ほど無差別殺人事件が起きているはずだ。 今のような家庭用ゲームが20年前からあったとして、 毎日1~2件程度の無差別殺人事件が発生してもおかしくないのだが…

どうもそんなに起こってないようですね。

毎日どころか何年に一度起こるのか、という頻度だ。 これはもう、 この種のゲームをプレイしても人殺し感覚を学習することはないし、 ましてそれを実践して無差別殺人に発展するようなことはまずあり得ない、 ということを間接的に証明しているのではないだろうか。

トラックで人混みに突っ込み、ためらいなく人を刺し殺すのは「ゲーム感覚」としか言いようがない。 ゲームの中では何の責任もない。殺しても何をしてもリセットすれば、元に戻る。

否、トラックで人ごみに突っ込むというのはゲーム感覚ではない。 まさにこれこそがリアルである。 確認するのも億劫なので適当に書かせてもらうが、 ここ数日のうちにもそういう事件があったはずだ。 車で人が集まっている所に突っ込んで自爆するというのは、 もはや定番の手法なのである。

今回の加害者がなぜ自爆しなかったのかというと、 単に爆弾が手に入らなかったのでナイフで刺すことで代用したのではないか。

これに対して、 ためらいなく人を刺し殺すというのは、 まさにゲーム感覚だ。 そのような事件は、 もちろんビデオゲームが世の中に出現するずっと前から何度も起こっているのだが、 その当時からゲーム感覚でやっていたに違いない。

リセットすれば元に戻るという感覚はどうにも理解できない。 それは多分、この種のゲームをしたことのない人の感覚ではないか。 実際、リセットしたりロードし直すことでゲームはやり直せるのだが、 それはリアルな世界から見たときの感覚だ。 つまり、むしろ、リセットしても元には戻らないのである。 リセットする直前まで育て上げたキャラクターはこの世(バーチャルな世界)から消滅して二度とは戻らない。 リセットというのはそういう覚悟がいる行為なのだ。

もちろんリセット系のゲームプレイを好む人がいることも否定する気はない。 それにしても、 ゲームとリアルが全く違う世界であること位は、 小さな子供でさえ実感を伴った理解ができるものである。 昔、ポケモンを真似して飛ぼうとして怪我をした子供がいたそうだが、 それだった極めて珍しい超レアケースに違いないのだ。 バーチャルな世界では魔法も使えるし死者を復活させる呪文がある、 でもそれはバーチャルな世界の中の話だ。 そんなことは誰だって分かっている。 特にゲームにハマっている人ほど分かっている。 だからこそゲームにハマるのだ。

8日に次のような事件が報道された。 他人のIDを勝手に使ってネットゲームをプレイした高校生が不正アクセス禁止法違反容疑で書類送検された、 というのである。 さて、一体何をしたのか?

昨年12月、インターネット上で知り合った栃木県内の女性(27)のIDとパスワードを勝手に使い、ネット上のゲームに数回、アクセスした疑い。
http://www.so-net.ne.jp/news/cgi-bin/article.cgi?gid=mai&aid=20080708-570-OYT1T00305

この高校生は、ゲームで出会った女性にリアルの世界で恋人がいることを知って、 ゲーム上で仕返しをした、ということらしい。 勝手に女性のキャラを使ってヘンなことをしまくったのだろうか、 それともキャラを消してしまったのだろうか。

細かいことはさておき、 これはまさにバーチャルとリアルの境界が錯綜している興味深い例だと思う。 ここで注目したいのは、攻撃がリアルではなくバーチャルの世界側で起こっている点だ。 オンラインゲームの仕返しにリアルでボコボコに殴る蹴るの暴行、 というニュースは結構見た記憶があるが、 逆にリアルが気に入らないのでバーチャルな世界で仕返しした、 というのはあまり記憶にない。

ネットワークを生活に地味に取り込んでしまうと、 リアルとバーチャルの境界はどんどん曖昧化する。 確かにリアルとバーチャルの区別は難しくなってくる。

もちろん、バーチャルな世界だから何をやってもいい、 という訳ではない。 リアルとバーチャルの境界が近接しているのだから、 そもそもバーチャルだからokという発想自体にも賛成できない。 少し前に、ブログで「死ね」と書かれて自殺してしまった少女がいた。 会った訳ではないから、本当かどうかは知らない。 ただ、オンラインゲームで酷いことをされたので自殺した、というような事例は昔からあった。 バーチャルとリアルは繋がっているのである。

ただ、秋葉原の無差別殺人事件、 噂では、職場での待遇が気に入らなかったからという。 他の無差別殺人事件でも、社会に不満があったとか、 社会に復讐したかった、という発想の加害者が出てくる。 行動まで起こすというのは異端であるとはいえ、 発想としては物凄く普通の事件なのだ。 ゲームとは全く違う、現実的感覚に基づいた行動なのである。

もし今回の加害者がもっとゲームに昏倒しバーチャルな世界にのめりこんでいたら、 一体何が起こっただろうか。 あくまで妄想に過ぎないのだが、 ネットワークのシステムをクラックして、 キャラクターを無差別に殺しまくったり消去しまくったり、 というような方向に走った可能性はないだろうか。

もう一度書いておこう。 バーチャルな世界だから何をやってもいい、という訳ではない。 しかし、そう考えない人がもしいたら、 まさにこのように考えるに違いない。

ゲームの中では何の責任もない。殺しても何をしてもリセットすれば、元に戻る。

つまり、もしバーチャルな世界で物語を完結させることができれば、 そこで何が起こっても、おそらくリアル側の存在は直接的に殺されはしないはずである。 言い換えれば、ゲームの中で何人殺されようが、現実の人が殺される訳ではない。

実は昔からそうなのだが、 今の世の中もどう見てもかなり無茶苦茶である。 おにぎり食べたいと書置きして死んでいく人がいる中で、 世界のトップが自然の中で笑顔で会談して美味いものを食べている、 そういう時代だ。

だから、せめてバーチャルな世界では好きにやらせた方がいいのではないか。 リアルな世界での悲劇を避けるために、 あえてバーチャルな世界にそれを飲み込んでもらうという発想だ。 モンスターだろうが人間だろうが、 どんどん殺しまくるゲームをもっともっと作って、 子供だろうが大人だろうが、 現実世界ではもう手を上げるのもイヤになるほどプレイしまくるというやり方もあるのではないか。

私見としては、 そういう世界は不健全極まりないもので、到底賛成したくもない話なのだが、 少なくともそうすることで、リアルの世界で不条理な殺され方をする人がもっと減るような気がする。 とはいっても確信がある訳ではない。 もしかすると多くの人が言っているように、 暴力的なゲームが根絶されたら、世の中から暴力的行為が消滅するのかもしれない。 ビデオゲームなどなかった時代のように。

あれ?

まあいいや、その場合、 バーチャルの世界の方が大変にエラいことになりそうな気もするけど。 いずれにせよ、 リアルの側の世界は実はバーチャルよりも妄想に満ちていることにもっと注目して欲しい。 まず何とかする必要があるのは、そこではないのか。


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コメント 1

bianism

http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen29/Virtual.htm(バーチャル社会のもたらす弊害 から子どもを守る研究会のURL)

詳しいことはよくわからないのですが、何か事件があった場合、警察では動機をよく調べているみたいです。
そのような現場で、動機が見当たらない事件が多発してくるとゲームのせいじゃないか?っていう結論に至ってしまうのは仕方ないのかもしれません。だから、警察が悪意を持ってゲームをスケープゴートにしようとしている訳ではないと思います。

by bianism (2008-07-26 00:00) 

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